風花鳥

ハンドメイド作品の公開と、日々の徒然なること。

一週間の短さとあり方と、多分、愚痴。

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祖父が亡くなり実家に帰っておりましたり、誕生日が御座いましたり、風邪をひいておりましたり。なんだか気が付けば11月が終わります。PCを一週間も放置しておりましたのでメールが溜まり、嗚呼、なんという憂鬱と。

祖父とは長い間疎遠になっておりましたので、流石に納棺時はちょっと涙ぐみそうになったものの、97歳と言う年齢柄かその死に特に何かを思うこともなく。嗚呼、生前がどんな人間であったとしても死んだら大抵の事は許されるのだろうなとか、孫というだけで碌に祖父という人間を何も知らないのに、前に出てお花を持ったり不思議だなと。

もう一つ、幼い頃、自分が生まれた直前に亡くなった者がいて、生まれ代わりだ何だ、その縁などがあってと言われたのだが、こうして祖父が死んで、その直後に誕生日が来て思うのは、嗚呼、人の死と生とは別の場所にあるのだな。そう言う事は残された者の自己満足でしかないのだろうなと。だからこそとても不愉快だなと感じたり。ましてや今時、排卵から受精まで医療機関による治療にてセックスせずとも子供が作れる時代に何を言っているのかしらと。夫婦の努力と互いの愛情と金銭的投資が、健やかに育つ子供の背景として存在するかもしれない中、安易に何も知らない人間が口にして良いことではなかろうにと思ってしまうのです。

序に言うならば、結婚出産など一族の血を残すため重要なことかもしれないが、既に家族間のトラブルにより何件も絶縁やそれに近い状況を見ている身としてはそれ以前に良好な関係性を作る必要があるのではなかろうか。そんな過干渉が余計な亀裂を生むのではなかろうかと。一人でいることがそのまま不幸であるとは限らないし、結婚していないから恋人がいないわけでもない。そして、恋人がいたからと、記憶もおぼろげな親戚に言う必要などない。その人の幸も不幸もその人にしかわからないし、自分の人生は自分でしか責任を取れない。だからこそ、自由であるべきだと思う。

私はもう実家では暮らせない。60代がまだまだ若手で、仕事も家事も介護もだなんて無理だよ。そこに孫の世話が加わっている人とか、本当に凄いなとは思うけれど、それが当たり前な社会など地獄かなと思う。私はもう帰れない。